ごねんぶりにどめの

時代を嘆くなって、言ったじゃないか!

アイドルの意味がいつの間にか変わっていた話

以前このブログに書いたように、過去に錦戸担を7年やった後、空白期間(いっそ充電期間とでも呼べばいいのか)5年を経て現在重岡担となった。一時期は担降りどころかジャニーズから足が遠のいてしまったが、今も昔もジャニオタ楽しいなあって自信を持って言える。今さら言ってもどうしようもないが、ジャニーズWESTの結成前後の時期に当たる非ジャニオタ時代の5年間が本当に惜しまれる。まあ、新規は新規らしく新鮮な気持ちで今を楽しんでいきます。

さて、ジャニオタ楽しいと一言で言ってしまえはするが、錦戸担をしていた時と重岡担を名乗る今では、心境が少し異なっているように感じる。単純に担当どうこうというより、加齢や環境の変化等の個人的な背景に起因するところが大きいとは思うのだが、備忘録としてここに書き留めておくことにする。

錦戸担時代、わたしにとって錦戸さんは神さまだった。当時地方住みでコンサートに行くには都合の悪い環境にあったわたしは、「いつか錦戸さんに会う、そのために生きる」と事あるごとに唱えていた。ある時は心の中で、またある時はこっそりしたためていた日記の中で。わたしがよろけて倒れそうになっても踏み止まるためのおまじないに近いものだった。

現在の担当である重岡くんは、息子を見ているような気持ちにさせられることが多い。ちょっと危なっかしく思えることもあるけど、重岡くんが進みたい方向を目指して立ち向かってゆく様を、手放しで見守っている。錦戸担時代の熱量が取り戻せなくて違和感や罪悪感を覚えることもあったが、盲目的にならずそれなりの距離を保って関わることができるようになったとも言える。

つまり今のわたしにとって、アイドルは絶対的な力を持つ神々しい偶像ではなく、あくまで仕事としてアイドルを選んだだけの一人の青年となった。

お金をかけてまで応援しようと思うモチベーションも、昔と今では違う。錦戸さんを好きだった時は、「わたしにとっての偶像として存在するために頑張って下さい」という個人的な事情も含めた上で応援していた。重岡くんを好きな現在は、彼の望む場所へ行くための後押しをしたくて応援している気持ちが強い。もちろん、アイドルの言動が自分にとってもプラスに働くことに越したことはないし実際に生活に潤いを与えてもらってはいるのだが、そこはあくまでおまけという感じ。

こちらがエンジンをフル稼働してごうごうと心を燃やさなくても、アイドルの発する熱でじんわりぼかぼか温まるだけで、今は十分しあわせになれる。それだけのエネルギーを、重岡くんや彼のいるジャニーズWESTはしばらく絶やすはずはないだろうと信じている。そういえば、ラキセコンで『マ・ル・モ・ウ・ケ』を歌う際、観客に「盛り上がれんのか!?」と言わせ、ジャニーズWESTのメンバーが「俺ら次第や~!!!」と返す演出があった。こちらがあったまるかどうかは、ジャニーズWESTの熱量次第。丸投げするといえば聞こえは悪いかもしれないが、折角ならわたしはどっしり構えた大きい船に乗り込んで揺られたい。

バリ ハピ【通常盤】

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